呪術廻戦・虎杖悠仁「強敵相手の敗北」で望んだ強化修行

『呪術廻戦』の主人公・虎杖悠仁は「強くなりたい」と考えて、最強の呪術師である五条悟に修行を頼みました。この修行は虎杖にとって、人生の分岐点の一つになっています。

それまでの虎杖の行動は大部分が成り行きでした。呪物の関わる事件に巻き込まれ、両面宿儺の指を取り込むことになり、一般の高校から呪術高専に転校することになり、初任務で特級呪霊と戦うことになっています。虎杖は自分の意思でその選択をしていますが、目の前の状況や他人に迫られたという点では受動的です。

それに対して、「強くなりたいから修行したい」というのは自発的です。この修行を通して、虎杖は一級術師の七海建人や、宿敵となる特級呪霊「真人」と出会います。それは虎杖の呪術師としての人生が本格的に始まったことを意味しています。

虎杖が「強くなりたい」と考えるようになったきっかけは、呪術師としての初任務で遭遇した特級呪霊です。この特級呪霊はそれまでに戦ったどの呪霊よりも強く、仲間を逃がすために一対一で挑んだ虎杖はワンサイドゲームで完敗します。

このとき虎杖は「俺はこんなに弱かったのか」「自惚れてた。俺は強いと思ってた。死に時を選べる位には強いと思ってたんだ。でも違った。俺は弱い」と考えています。つまり、弱さを自覚したことで「強くなりたい」と考えるようになったということです。

人間が何かを成し遂げる時は、信念の力が働いています。その信念の源になるのは人間関係です。誰かに心を揺さぶられて何かを連想すると、その連想が自分の信念になります。

虎杖はずば抜けた身体能力を武器にして、呪霊との戦いをうまくこなしていました。そうした環境で自分の弱さを自覚することはできません。いわゆる「井の中の蛙大海を知らず」の状態です。虎杖はそれを「自惚れ」と表現していますが、正確にはそうした感情問題ではありません。

「強い」「弱い」は相対的な評価です。自分よりも強い人物と比較しなければ、「自分は弱い」と思えません。また、自分よりも弱い人物と比較しなければ、「自分は強い」とも思えません。大切なのは、その時の自分に適切な相手と比較することです。

自信も度を過ぎれば傲慢になり、謙虚も度を過ぎれば卑屈になります。健全なメンタルは自信と謙虚の間で程よくバランスが取れています。そして、そのバランスを整えてくれるのは、適切な相手との比較です。「自分が強い」と思っていた虎杖は、格上の相手と戦ったことで自分の弱さを自覚し、「強くなる」という信念を持ちました。

虎杖が五条に修行を頼む場面では、自分を打ち負かした特級呪霊のことを思い出しながら「強くなりたい」と話すコマがあります。このコマは信念が単なる観念ではなく、特定の人間関係に根ざしていることを表現しています。漫画でよく使われるこの表現は、「自分は誰のことを気にしているのか?」「自分は誰のことが気になっているのか?」を意識することが、信念を持つ秘訣であることを教えてくれています。

信念を持つには、「テーマを決める」「ヒントを集める」「エピソードを思い出す」「フレーズを作る」「アウトプットで確かめる」という5つのステップがあります。私はこの仕組みを「マインドレコーディング」と呼んでいます。

虎杖の祖父は「オマエは強いから人を助けろ」という遺言を残しました。虎杖はこの遺言を自分のテーマにしています。そのテーマについて様々な人間や呪霊とのやりとりをヒントにして、自分の信念を深めています。「強くなる」という信念もその一つです。

「強くなりたい」と考えた虎杖が自他ともに最強と認める五条を頼ったのは自然な行動です。その一方で、五条も教師として「強く聡い仲間を育てたい」と考えていました。信念はお互いを必要としている者同士を巡り合わせます。

ただ、物語の場合は尺の都合もあってその巡り合わせがスピーディですが、現実では多くの時間がかかります。虎杖のように「強くなりたい」と思っても、良い師匠に出会えるのは数ヶ月後だったり数年後だったりします。この長期スパンでもモチベーションを風化させないためにあるのが、「だから自分はこれをやるんだ」という信念論です。

ただなんとなく「強くなりたい」と思うだけなら、それは信念ではありません。自分の過去を振り返り、「あの時の、あの人とのやりとりで自分はそう思ったんだ」と特定できてはじめて、それは信念になります。何度も覚悟の程を試される虎杖を主人公にした呪術廻戦は、そのことをわかりやすく描いています。

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信念論とは?

人間関係に根ざした「だから自分はこれをやるんだ」という信念論が、行動力の正体です。信念論を知ることで、悩みや困難を乗り越えられるようになります。詳しくは下記リンクをご覧ください。